語彙力がない

あいを つなぐ せんりつ

夢の中で息を止めた

 

どこに吐けばいいのかわからなかったので、ここに吐かせてください。
これは、ただのオタクのひとりごとです。

 

 

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わたしが彼から降りることを決意したあの日
わたしは何を考えていたんだろう、何を感じたんだろう

公演がおわって、電車の中で担降りを決意して、流れる涙のわけもわからぬまま、家に帰った。とにかく放心状態で、日課の日記をつけることすら忘れていたから、そのときのわたしのきもちはもうわからない。わからないけれど、何事も感情のままに動くわたしのことだから、本能的にわたしのきもちはもう、彼らにはないんだろうな。と、そう感じたんだと思うんだ。

以前あげた担降りブログには「彼らのことが誰よりも好きだ、と言いきれなくなった」と記述があるけれど、

 

ある種のけじめとして。 - 語彙力がない

 

それってとても大切なことだと思う。自担に対する熱量が保てていない状況で、「担当」を名乗るのってどうなの?それはもはや「担当」ではなくて「お茶の間のファン」と同じではないの?
だからわたしは、担降りをして、彼に関してはあくまでも「ファン」という立場でいようと思った。彼のことを嫌いになったわけではなかったし、彼らのパフォーマンスはやっぱり好きだったから。

そうやって、うまいこと担降りしたと思ってた。そう思い込んでた。


わたしは映像化の告知があったその日に、ちゃっかり予約をしていました。わたしの席がステージサイドで、メンステで何が行われていたのかがあまり見えなくて、それをちゃんと正面から見たかったから。

そうして、手に入れたコンサートDVD。正直すごくわくわくしてた。ステージサイドすぎて登場の様子すらちゃんと見られなかったし、端っこからでもすごく綺麗だった照明を、真ん中から、俯瞰から見たらどれだけ綺麗なんだろう?って、発売がすごく楽しみだったんだ。

いざ、本編ディスクを再生してみて、わたしが感じたのは「なんかしっくりこない」でした。
何が、どうしてしっくりこないのかはわからなかった。見終わったわたしは泣いていた。

とっても素敵なコンサートだったんだよ。キラキラしてて、楽しくて、愛と幸せがたくさん詰まったコンサートだった。だけど、なぜかしんどかった。なぜか胸が苦しくなった。苦しくて苦しくて、たぶんわたしはもう二度とこのディスクを再生することはないんだろうな、と思いました。

担降りすることは成功したけれど、どうやらわたしは彼に対する気持ちをうまく消化できていなかったらしい。
「そういえばこんなこともあったな〜」なんて、笑って話せるようになるまでまだ時間が必要なのかもしれない。そんな日が本当にくるのかはわからないけど。

 

少し気持ちが落ち着いたら、アリーナツアーの映像を見ます。わたしは何を感じるのかな。